短編

□本の妖精
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「柳さんと結婚したい」



呉羽紺、絶賛片想い中


「またそれー?」

「ううーんだってー柳さんと結婚したいんだもんーー」


呆れたように息をついた友人に、私は構わず主張をぶつける


「あんな完璧な人いる…?成績が学年一位で、生徒会会計で、歩く辞書って言われてて。それでいて勉強面だけでなく強豪テニス部の上位3人にずっといて。文武両道からの長身であの涼しげな美貌!!それにどうよ!周りの男子がエロ本とかアイドルのパンチラとかで盛り上がる中、囲碁とか茶道とか嗜まれてるんですよ!?」



このように語ってはいるが
実は、私はその柳蓮二さんと一度も会話をしたことがない


「ああ…あんな風に物静かで、落ち着いてて。甘やかしすぎないけど適度に甘やかしてくれそうな人と結婚したい」

「それあんたの妄想でしょ」

「違うよ!!テニス部の絡み見てみなよ!あの凶暴な切原くんが一番懐いてるのが柳さんなんだよ!?絶対適度に甘やかしてるよ!真田くんみたいにいつでも厳しい詰め合わせじゃないはずだよ!」



もう一度言おう
このように熱弁してはいるが、私は柳さんと会話をしたことは一度もないのである!


ふんすふんすと鼻息を荒くする私に対し、友人はやれやれといった様子で頬肘をついた


「もう長いことずーーっと言ってるけどさ、あんた告白どころか話しかけすらしないじゃん。ちょっとはアプローチしたらどうなの?」


アプローチ


確かに私は、柳さんのことが好きだ
ただ、好きがたまりすぎて最早ファンであり、ファンを通り越してオタクの領域まできている

オタクだから
だから、彼の見えている世界に立ち入ろうなんてことは、到底考えていなかった


「私なんかのせいで柳さんの時間をとらせてしまうの申し訳ないし、第一こんなゾンビが話しかけていい方じゃない」


もし、私が誰しもが認める絶世の美女だったら
もし、私が自信に満ち溢れた人間だったら
彼に話しかけるくらいはしたかもしれない

ただ、私はただの冴えない平々凡々人である
ご麗人である柳さんに実際に話しかけるなんて、そんなことはできっこない


一気に熱を失った私に対し、友人が言葉を掛けてくれる


「自信持ちなよ。柳くんのこと好きになってからあんた見違えるようになったじゃん」


確かに
中学二年で柳さんを好きになってから、私は一気に自分の生活を見直した


少しでも彼に見合う女になれたらということで、まず猛勉強をして、中の下くらいだった成績を上位20番まで押し上げた
文学になど興味がなかったが、図書室にあしげく通って有名どころは一通り借りて読んだし
漫画研究部の幽霊部員としてだらしなく過ごしていた中一から一転
茶道部に途中入部し、本格的に茶道に励みだし、今やなんやかんやで副部長までやっている


「出会ったとき驚くほど髪の毛バッサバサ唇カッサカサだったけど、最近じゃどっちも艶々だし」

「え、そうだったっけ」

「シンバル持った猿みたいな笑い方してたのにマシになったし」

「そんな風に思ってたの!?」


今告げられる衝撃の事実
シンバルを持った猿に例えられるということは、つまり相当うるさかったということになるが……まあ改善されたのであればよしとしよう


「一回くらい話しかけなって。それが無理なら廊下でわざとぶつかるくらいやりな」

「ええ!?無理だよそんなの!私ずっと見てるだけでいいの!!」

「あっそう」


私は柳さんのいちオタク


オタクはオタクらしく、これからもひっそりと影から柳さんを見ていられればそれで幸せ
それで幸せなのである



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