短編

□本の妖精
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昼休み


今日も今日とて、私は日課となった図書室へと足を運んでいた

一人でぼんやりと歩きつつ、先ほどの友人とのやりとりを思い出す


“廊下でわざとぶつかるくらいやりな”



「いやいや」


そんなことあってなるものか
そもそも、私からわざとぶつかりに行ったところで、柳さんならば持ち前の反射神経で避けてしまうのではないか
そしてどんくさい私は、そのまま一人無様にすってんころりして終わりである


いや、でも待てよ?
もし私が目の前で転けたとしてら、心優しい柳さんは、大丈夫か?などと言ってこちらに手を差し伸べてくれるのではないか?

そしてそのまま手を取れば──


「いやいやいやいやいや」


急に恥ずかしくなってきた
なにを想像しているんだ私は


顔にきた熱を逃すようにブンブンと首を振って
ろくに前を見ぬまま早足で進み、いよいよ図書室の入り口へと差し掛かったとき


「わぶっ」

「!」


思いきり人とぶつかってしまった
体が後方に飛んで、どすんと尻餅までついてしまう
手に持っていた本も、バラけて床に散らばった


しまった
完全に前方不注意だ

謝らなければ、と口を開きかければ、先に声が降りてくる


「すまない、不注意だった。大丈夫か」



その声に、私はピシリと固まった


まさか
まさか私がぶつかってしまったのは

おそるおそる視線を上げれば、そこには


「ヒエッ」



麗しの柳蓮二さんがいた
しかもこちらに手を差しのべてくれている


高揚感で熱が上がるどころか、私は一気に血の気が引いた


「おっ、怪我はありませんでしょうか!!」


私は自力で、勢いよく立ち上がった
柳さんの手を煩わせるわけにはいかない

無駄に背筋を伸ばし切った状態の私を前に、柳さんが静かに手を引いていく


「俺は大丈夫だが。どちらかというと其方の方が」

「私は大丈夫です!!」


無駄に声がでかくなってしまった
ああ恥ずかしい、と思って目を伏せたところで、本を拾い忘れていたことに気づく


しまった!と慌ててしゃがんで本を拾い、私は本に折れ目がついていないか、汚れがついていないかを確認した
特に異常がないことに安心し、ほっと一息ついて立ち上がる


すると、なんと柳さんがまだ目の前にいた
そして何やら目線が私の手元に注がれている


「『浮雲』に『利休の手紙』か」


話しかけられた

あまりの事態に処理落ちして固まっていれば、柳さんの表情が少し緩まる


「ああ、すまない。つい見てしまった。なかなか借りられる機会がない本だからな」



そうだ、先ほど柳さんが口にしたのは、私が今日返そうと思っていた本のタイトルだった

ポカンとしかけて我に返る
せっかく話しかけてくれているのだから、私も何か返さなければ失礼だ

私は緊張で、ややしどろもどろになりながら声を発した


「茶道部、なので」

「知っている。副部長だったな」

「!?」


知られている!?
なんで!?

私は猛烈に焦った
まさか日頃から騒ぎ立てているのを聞かれていた!?


「な、な、なんで知っているんですか?」

「…?一年の初め、校内誌で各部の部長副部長が掲載されているだろう」

「あ、あぁ」


どうやら違ったようだ
ひとまず安心


彼のいう通り、我が立海では毎月校内誌が発行されている
新年度を迎える4月には、各部の新部長と新副部長が掲載されるのであるが

あんなもの真剣に読む人なんていないと思っていた

情報収集のためか、単なる興味なのか
どちらにせよ、あれでしっかり各部の部長副部長まで把握してしまうなんてさすがである


なんてまた感心してるうちに
再び柳さんが口を開いた


「次は何を借りる」

「えっ」


私は驚きながらも、すみやかに頭を回転させた


次になにを借りるか
正直、はっきりとは決めていなかった

いつもの流れで、純文学の本棚の前に行って
それからなんとなくで決めようと思っていた


なんと返そうか
そう考えているうちに、ふと私の頭に邪な考えが浮かんだ


確か、噂で聞いた、柳さんの好きな作家は
その作家の作品をいえば、彼はどんな反応をするだろうか


その邪を捨てきれないままに
私は思い浮かんだ作品を口にしていた


「こ、『高野聖』と『外科室』を」


柳さんの表情が少し驚いたように揺らいで
続けて、嬉しそうにふっと和らいだ


「泉鏡花か」



どくん、と心臓が跳ねた

笑った
こうして間近で、彼のこんな表情を見れるなんて

はい、と言葉を返して、密かに幸せを噛み締める
そうしているうちに、また、柳さんの口が動いた



「俺も好きだ」











気がつくと
私は図書室の入り口付近でしゃがみ込んでいた


あれからどんなやりとりをしたのか
どのように別れたのか、全く覚えていない


頭の中に反響するのは、あの時の柳さんの言葉


“俺も好きだ”



心拍数が全くおさまらない

わかっている
好きだというのは、作家と作品に対しての気持ちであること

わかっているはずなのに
どごんどごんと心臓が暴れるのを止められない



俺も好きだ
俺も好きだ
俺も好きだ……




「やっば」



突如としてやってきた疑似告白体験
彼を好きになり、地味な努力を重ねてきた私への、ささやかなプレゼントなのかも知れなかった







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