犬夜叉

□キキョウのハナ
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サワサワと木の葉が音を立てていた。
世は戦国。妖怪が跋扈するこの世に、ひとりの巫女がいた。

「桔梗!」
ひとりの少年の声が巫女の名を呼び、人影が近くの木からガサッと音を立てて降り立った。
その姿形は人間に耳が生え、牙もあるようだ。爪もとがっている。つまるところ半妖らしい。
名前を呼ばれた巫女もまた、その半妖の名を呼んだ。
「犬夜叉。何か用か?」
優しく桔梗が尋ねると、
「何だよ、用がなきゃ来ちゃいけねーのかよ」
と犬夜叉は少しすねたように言う。
その姿が何故か愛らしくて、桔梗はクスリと笑った。
その反応に、犬夜叉は恥ずかしくなったのか喚き始めた。
「あ!てめぇ笑いやがったなっ!?」
「すまない。あまりにも……」
変わったなと、思って――。
続きは心の中だけで言った。
(この少年が変わったのは、自分の力だろうか。だったら良いと思う。だったら、嬉しいと思う。私がこの少年を変えたのであれば。少しでも――)
そんな想いからかは知らないが、桔梗は、ふっ、とやさしく。笑った。

ふわりと笑う桔梗を見て、犬夜叉の心臓はドキリとした。
笑いかけられると、何故か無性に嬉しくて。
(こんな風に笑ってくれるのは、あんなに笑顔のなかった桔梗が変わったのは、自分の力か。そうであって欲しい。そうなら嬉しい。おれは変えられただろうか、少しでも、桔梗を)
犬夜叉もまた、微笑み返した。その笑顔は犬夜叉自身が気づかないほど、やさしく。やさしく。
その笑顔を見たとき、気づかないうちに桔梗は涙を流していた。
「桔梗!?」
「え?……あ、涙?」
「どうかしたのかっ!?」
「いや、なんでもないよ。何でも……」
「そう、か?」
「ああ」
桔梗は犬夜叉の手をそっと握った。
「き、桔梗?」
ありがとう、犬夜叉。
私が涙を見せれるのはきっと、おまえだけだ、犬夜叉。これから先、ずっとおまえだけ――。
私は弱みを見せてはいけない、迷ってはいけない。つけこまれるからだ。
だから犬夜叉、きっとおまえ以外に見せない、弱みを、迷いを。そして、涙を。
私と同じ目線で、同じ立場で見てくれるのは、犬夜叉。おまえだけなんだ。だからだろうか、涙が流れたのは。いや、それもあるだろう。でも、そうでなくとも、私は――。
「愛しているよ、犬夜叉」
「きゅ、急に何言ってやがる」
「ふふっ」
そう、愛している。どんな事があろうと、きっと私はおまえを愛していたよ、犬夜叉。だから、だからだろう、涙のワケは。
「おれも、好きだよ」
「そうか」
「ああ」
「愛している、ではなくてか?」
「それは……!わっ、分かってんだろ!?」
焦ってしどろもどろに言う犬夜叉を桔梗は楽しそうに見つめた。
あぁ、そうだ、犬夜叉も私を愛してくれている。本当は伝わっているよ。
「可愛いな、犬夜叉は」
「桔梗!」
「あははっ。いや、すまん、つい……。ん?」
目の前に、花。犬夜叉が花を差し出してきたのだ。
「これは?」
「これは、」
困ったように犬夜叉は頭をかいて、少し恥ずかしそうに言った。
「キキョウの、ハナ」
「キキョウ?」
「あぁ。桔梗と……桔梗と同じだから、摘んできた。…………いらねぇ、か?」
不安げな子供のように聞いてくる。そんな犬夜叉を桔梗は愛しいと思った。
桔梗は微笑んで、キキョウのハナを受け取った。
「いいや、もらうよ」

そっと、犬夜叉の頬に触れる。
「わざわざ、これのために、私の所に?」
「あ、あぁ」
桔梗が、嬉しそうに笑う。
「ありがとう」
「別に……」
ハナだけで嬉しそうに笑う桔梗は可愛くて。こんなコトで喜ぶのなら、いつでもしてやろうと、犬夜叉は思ったのだ。

桔梗はハナを見つめる。
キキョウのハナ。自分と同じ名前。とても丁寧に摘んである。きっと花を壊さないように。
「本当に……」
「何か言ったか?」
「いいや」
(とても優しい奴だ。犬夜叉は)
「ありがとう」
桔梗はもう一度お礼を言って、笑った。



キキョウのハナ。
キキョウのハナから、しずくがポタリと垂れた。それはハナが泣いている様に見えた。
ああ、このハナも私と同じだ。
優しい涙を流している。

私と同じ、犬夜叉に摘まれたハナだ。
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