ネウロ

□大好きだから
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午後八時。
仕事帰り。

「あ゛〜、ツカレた。ったくひでーよ笛吹さん、人こき使いやがって」
文句を垂れながら帰路につく匪口、はふと気づいたように一点を凝視する。
道の先に居る――あの、姿は。見慣れた、愛しい背中は。
ふっ、と今までの疲れなんかとんでしまったように笑顔になって、匪口は叫んだ。
「おーい、かつら……ぎ?」
が。
もうひとつ、影が見えた。男の影――。
二人は、やけに親しく話している様子だった。
「え」
桂木の横にいた、その、男は。
「……笹塚さん?」
何で、桂木が笹塚さんと一緒に?いや、それはいいんだよ、たまに話してるのは見かけるし(結構嫉妬してるけどね?)
問題は、時間。なんで、こんな夜に二人で?
まぁ、偶然会ったのかな、とも考えられる。じゃあなんで俺、こんなに動揺してるんだ、って?
もうひとつ、笹塚さんの、帰り際の発言。
多分“あれ”が原因。

「あれー?今日早いね笹塚さん」
「あぁちょっとな。用があってな」
「ふぅん……。デート?」
ニヤニヤして聞いたら、
「まぁそんなもんだ。いーからちゃんと仕事しろよ?匪口」って。
「ハイハーイ」

俺はその時全然気にも留めてなかった、ん、だけど……。
え、アレ?そーゆー事?マジで?嘘だろ。
え、ちょっと待ってよ。まぁ俺彼氏でもなんでもないんだけど。でもさ、かなり分かりやすくアピールしてるよね??
で、この状況って事はさ、脈ナシって事か。どーなのかな、やっぱ笹塚さんと付き合ってんのかな。
「はは、やっぱちょいショックだわ……」
笑ってみたけど、なんかすごい、泣きたい気分。
「あー俺今日運わる……」
帰って寝よ。くるりと方向をかえて、家に向かって歩き出した――。
とき。

「あ、あれっ?匪口さんじゃないですかぁ?ねえ匪口さーん」
え、今のタイミング?無くね?オイオイ桂木。
「匪口、さん?ですよね?」
ちょっと不安げになってる桂木。可愛いなぁ……ってこんな時まで馬鹿かよ、俺は。
「……よぉ、桂木!何、笹塚さんとデぇート?」
精一杯、いつもの軽いあいさつ。
精一杯すぎて無駄にテンション高い気がする。でもこの際しょうがない。今そんなコト考えられる余裕がない。
「え……!?な、ち、違います!!」
あー真っ赤。かっわいー、じゃねえって俺!
なにこの反応、モロだよ。バレバレ。やっぱちょっとショックでしょう、何これ俺なんなの何の拷問なの。
「匪口、今帰りか?」
あー今笹塚さんに話しかけられたくないのに。すごい嫉妬の渦ができてるから、俺ン中。
「うん、まぁ……。笛吹さんがさー、ヒドくて。すっげぇこき使われてて」
ははは、と笑ってみたけど、腹ん中真っ黒。もうマジ帰りてぇー。
「何だよ、笹塚さんも桂木とデートならさ、いってくれればいいのに」
そんなわけねえ。むしろ知りたく無かったよ。

いつもみたいに、いつもみたいに、匪口は自分に言い聞かせながら笑顔を保つ。
「いや、これは違う。デートじゃなくてだな……」
「いやいや、そーんな嘘言わなくったって!んじゃま、俺は帰りマース。おじゃまだからね」
なかば強引に、匪口は叫んで逃げるようにその場を後にした。



「はーー、俺あやしくなかったか?……つーかホント泣いていいかな」
家に帰ると気がぬけて、その場でズルズル、とへたりこんだ。やべ、本気で泣くかも。俺は自分の両手で、顔を覆う。
「明日、笹塚さんの顔、ふつーに見れるかな?」
桂木も……次会った時、ちゃんと話せるだろうか――。
「も、今日は寝よ……」
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