ネウロ

□狂った人間と、世界
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「イカれてるな」

笹塚が、今追っている犯罪者に関しての書類を見ながら、呟いた。
何人も殺してバラバラにした後、様々な場所に切り刻んだ肉片をバラまいた、なんていう凶悪な犯罪者。口をついて出たのは、『イカれている』という言葉だった。
それは別におかしな事ではない。実際に百人に聞いたって百人、その犯罪者は頭がおかしい、と言うだろう。
もしもそう思わない人間がいるならば、それは同じ犯罪者の類か。つまりは結局、そう答えた人も「イカれた」部類に入ってしまうのだろうから、「正常」な人間から見れば、その犯罪者はやはり「イカれている」のだ。

その書類と、そう呟いた笹塚を、横に居た匪口は見つめて。
「笹塚さんはこの犯罪者、頭イカれてると思うの?」
ふいに聞かれたから、笹塚は匪口の方に目をやった。
「普通に考えれば、頭おかしいと思うだろ」
「ふぅん、……じゃあ、俺もきっと頭おかしいね?」
ふふ、と笑った匪口に、人が普通笑う時感じられる“嬉しい”とか“楽しい”なんて感情は読み取れなかった。
目が、笑っていないのだ。
匪口の目は冷たかった。そして、少しの狂気を孕んでいる。
その目を直視した時、笹塚は思い出す。いいや、忘れていたわけでは無かった。
ただあまりにも無邪気な姿を見てきたから、そんな匪口の昔の姿――裏の姿は(どちらが裏でどちらが表かなんて、分からない――そもそも裏と表、分けることのほうがおかしいかもしれないけれど)、意識の奥底に追いやられていた。

匪口が、冷たく笑う。

『俺がイカれてるなら、皆イカれてるだろ?』

『そもそも正常なんて基準、何処にある?』

ねえ教えて、笹塚さん。
純粋に質問してくる姿はまだ、少し子供なのだけど。
笹塚は、匪口の問いかけに答える事は、出来なかった。

「なんてね。やっぱり俺はおかしいんだよ」
笹塚から答えが無い事なんか気にしていないような顔で。
冗談を言うようにまた、ふ、と笑う。

けれども、しばらくの沈黙を破って。
「いや、お前の言う通りだよ」
笹塚は感情の読めない表情で、煙草をふかしていた口を開いて、一言、そう呟いた。

「そうだな。誰がおかしくて、誰が正常かなんて」
分からない、とその文章の最後の言葉は匪口の耳には聞こえなかっただろうけれど、
『俺もきっと、正常で、そしておかしくもあるんだろう』と笹塚が次に口にした言葉は、確かに匪口には聞こえていた。
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