ネウロ

□口付けを、あるいは最も残酷な死を
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俺は、俺であることを知って欲しいだけ。
だから、俺に向ける
“ ”か“ ”が欲しかった。



「……何やってるんですか」
「あ、桂木。来てくれたの?」
「来ました!っていうかびっくりしたんだから、ホントにもう。急に倒れたっていうし」
「ははは、風邪引いてたの分かんなかったんだよね」
「笑いごとじゃありません!」
桂木が不機嫌に眉をつりあげた。

「熱ある?」
「うん。あるみたい」
「何度ですか」
「……39度、くらい?」
「39度!?そんななるまでほっといたの!うわーもう、信じられない」
呆れたため息が耳元で聞こえる。
困った顔した桂木が、はいコレ買って来ました、と俺にスポーツドリンクを渡す。

「匪口さん、自分の事に興味無いの?」
「うん、興味ない」
あれ、桂木が変な顔してる。
「ん?どうしたの」
「いや、そんなキッパリ言い切るもんかなって」
「えっ、だって本当だし」
桂木から貰ったスポーツドリンクの蓋を開けて、俺は水分補給を開始した。
三分の一ほどの量を飲み終えて、蓋をする。
「あ、お金払うよ」
「い、いいですよ!私が勝手に買ってきたんだから。あ、冷却シートもあるけど、使いますか?」
コンビニ袋に、桂木が手を突っ込む。
「あぁうん、助かる。ありがと」
渡されたものを受け取って、近くにおいておいた財布から千円札を抜いて桂木の手に置いた。
「ちょ、だから良いのに。しかもこれ多いです」
「受け取っといてよ。看病代も含めてだし」
にっと笑って、返そうとする桂木の手を静止した。

「匪口さん、自分の体大事にして下さい」
「うーん、頑張ってみる」
「嘘でしょ」
「……さぁ?」
「何で、そんなに自分の事に興味無いんですか。自分の事、大事にしないんですか」
何で、何でってそれは。
「大事にする、とかそういう感覚、分かんないんだよ」
どうすれば興味を持てるだろう。どうすれば大事に出来るだろう。
そんな事は、分からない。
「俺は、必要ない人間だったから」
俺は俺でなくとも、『俺の役割』が出来る人間なら、きっと誰でも良かった。
そういう人間だったから、
「今でも、自分の事、必要ないと思ってんのかも」
こういう話をした後は、どういう表情をしたら良いのか、よく分からない。
だから、曖昧に笑って、桂木を見上げた。
桂木の表情は、俯いているから見えなかった。

「必要じゃないなんて、言わないで」
ぽつ、と桂木が漏らす声。
泣いてるのか怒ってるのか。分からないけれど、震えた声だった。

「少なくとも、私には必要です」



愛してるとか。
殺したいとか。

それは、俺を俺としてみていてくれる証で。
そんな風に思ってくれる人が、この世にいたならと思っていた。

だから、俺に向ける
“愛”か“憎”が欲しかった。


口付けが欲しかった。
残酷な死が欲しかった。

そして出来れば、出来るならば、口付けの方が欲しかった。

「桂木。お前は、どっちをくれるの?」
「そんなこと、決まってるじゃない」


微笑んだ桂木の前で、俺は目を閉じた。
(ずっと欲しかったものを、やっと、手に入れた)
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