忍たま

□全て知らなかった事にしてしまえば良い
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知っているよ。
お前の感情も、私の感情も。

知っていたはずなのに。



「おい、手ぇどけろ」
文次郎の声が、何処か遠くで響く。
「嫌だと言ったら?」
遠くで聞こえたような気がしたのに、文次郎の顔は、案外近くて。
それもそのはずだ。私の手は、この男を近づけまいと、その身体を抑えていたのだから。

突っ張った腕の先、文次郎の体が私の方に近づこうと、動く素振りを見せた。
「近づくなと言っているだろう」
ぎり、と腕に力を込める。文次郎の顔が、少し歪んでみえたような気がした。
「ふざけるな、仙蔵」
「ふざけてなどいない」
文次郎の身体を押さえつけていた私の腕に、圧力が加えられる。
いつの間にか文次郎に握られていた右腕を、忌々しげに見やった。それから又、目の前の男の顔に視線を戻す。
そうすれば、文次郎は、仙蔵、とただ私の名前だけを呼んだ。

うるさい。
呼ぶな。

「私の名前を呼ぶな」
お前に呼ばれる名など無い。

「仙蔵」
もう一度。
「うるさい」
名前を呼んだ男を、思い切り睨みつける。
「仙蔵」
「黙れ」
何度言えばいい。
私の名前を呼ぶな。二度と呼ぶな。
「仙蔵」
「呼ぶな!」
叫んだ私を、驚いた様子も無く、ただ見つめるだけの文次郎に、苛々が増す。
その目で見るな、その声で呼ぶな。私を見るな、私を呼ぶな。


この感情が抑えられなくなったなら、どう責任をとってくれるつもりだ?文次郎。

その腕で、私を抱きとめれば良いと思っているのならば、それは間違いだ。

だから、
「私に触れるな」



お前の想いも、私の想いも。

全て知らなかった事にしてしまえば良い。
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