忍たま

□くろ、と、くろ
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「てめぇいい加減にしろよ、小平太!」
「ははっ、悪い悪い!」
保健室に響く、その大きな怒鳴り声に返ってきたのは快活な笑い声と謝りの言葉。しかしそれはなんとも明るい声で、怒鳴った方はといえば、こいつは怒りを向けられているのを分かっていないのかと更に憤慨する。
「その様子じゃ、ちっとも悪いと思ってねえだろうが!!」
悪びれない顔で笑う小平太の胸ぐらを掴もうと留三郎の手が伸びたところで、二人の間を誰かの右手が遮った。
「はいはい、留三郎その位にして」
その手は、現在保健室を取り仕切る保健委員長のものであった。
伊作は不満そうな顔でいる留三郎の肩に手を置くと、まずは座ることを促した。
「ほら、留三郎手当てするよ」
しぶしぶその声に従って、不満げな顔の男は伊作の正面に腰を下ろす。
伊作が包帯を取り出しながら、小平太に声をかけた。
「小平太、またバレーボールで被害者だしたの?」
「ごめんって!」
謝罪を口にしながら、しかし小平太は言う。
「でも、留三郎が避けないから」
それは軽やかな口調で、果たして自分の何が悪いのか分かっていないかのような声色だった。――いや、実際に分かっていないのか。
そこまで考え至ると、留三郎は伊作に手当てをされながら、怒りを抑えきれずに小平太を目一杯に睨みつけた。
「避けてたら後輩が死んでんだよ……」
「私はそんなに力を入れてないぞ」
「お前の常識で測るな!」


「はい、手当て終わったよ」
「あぁ、すまんな」
伊作に軽く礼を述べてから、留三郎は包帯を巻かれた腕で頭を抱えて嘆いた。
「ったく、また色々修理しなきゃなんねえのか……」
「頑張れ留三郎!」
「何を他人事みたいに言ってんだてめぇは!!」
「あぁもう、これ以上暴れないでよ。小平太も一応怪我してるから、見なくちゃいけないんだ」
再び小平太の胸倉に掴みかかった留三郎を、またしても伊作が制す。
学園の校医である新野先生が留守にしている今、ここは保健委員長である伊作の領域。そんな相手の言うことを聞かないわけにはいかない。
留三郎は、ちっと舌打ちをして掴んでいた手を離した。小平太は相変わらず笑っている。
「……これで悪気がねえから余計にタチが悪い」
「はは、そうだな悪気は無いぞ。許してくれ」
苦々しげに呟いた留三郎の言葉に重ねるように、笑い声の混じった小平太の明るい声。
「悪気無くても悪いもんは悪ィんだよ、反省しろ!」
台詞を吐き捨てて、溜め息と共に留三郎は保健室から姿を消した。



二人だけになった保健室には、伊作が小平太の手当ての為に巻く、包帯の擦れる音だけが聞こえる。

「うそつき」

――沈黙。のち、ちろりと小平太の瞳が動いて、伊作を見据えた。
するどく睨みつけているように感じられた目が、閉じられて弧を描く。同時に口の端も少し上がる。
「何が」
まるで分かりません、とでもいうように笑う小平太を見て、伊作は投げやりに目を逸らした。
「分かってて皆を振り回してるんでしょ。小平太」
「そっか。はは、伊作にはばれちゃったか」
「なんで皆が気づかないのか不思議でならないよ」
心底疑問そうな伊作の声色。
小平太は肩をすくめる。
「伊作に言われたくないなあ」
「どういう意味」
「お前だって一緒じゃん」
すう、とまるで別人みたいに。小平太の顔から、表情が消えた。
「不運。なんてさ、嘘でしょ」
その言葉を聞きながら、伊作はぽつりと小さな声で、そっか、と呟いた。
「小平太は僕と一緒だから分かるんだね」

伊作が、ふいに微笑んで小平太の顔を見つめる。
「完璧に嘘って言うわけじゃ無いよ。僕は本当に人より不運ではあるから。でもね、そうだな、演じてる部分はあるよ」
「……伊作」
「ん?」
「包帯きつい」
「ああごめん」
少しだけ包帯を緩めながら、伊作は先程の続きの言葉を零す。
「『不運』を装ってる、というよりは、『不運で可哀想』っていうのを装ってる、のかな」
笑みを貼り付けたまま、伊作が小平太の顔を覗くと、
「伊作の話は難しくて分かんないな」
口をへの字に曲げて、唸りながら小平太は首を傾けた。
それから、ふと何かが分かったような顔をして。
「まあ、結局。騙してるって事でしょ?」
小平太は、伊作を指差しながらにっこりと笑った。
「はは、伊作さいてー」
「そうだね」
無邪気そうな罵りを緩やかに肯定し、伊作も笑みを絶やさない。
「まあ、悪気無いふりをして皆を振り回してる小平太よりは、幾分かましだと思うけど」
「そう?」
「どうだろう、多分ね」
「どっちもどっちでしょ」
「そうかもね」
手当てを終えた伊作が小平太の頭に手を置いた。はい、終わり、と合図を乗せて。
まるでそれは、同時にこの話も終わりだと、そう言っているように小平太には聞こえた。


「あ」
「ん、何」
思い出したように言葉を漏らした伊作が、人差し指を唇の前に立てて微笑む。

“でも、この話はひみつ。ね。”
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