忍たま

□焦燥
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日も沈んで、蒸し暑い夏の風が少し涼しさを感じられる風に変わった頃。
この学園にいる、どの学年の色とも違う装束の忍者が、一人ゆっくりと保健室の前に現れた。もしその場に誰かがいたならば、一体何処から現れたのかと驚くほど、静かに。

「ふむ、今は居ないようだね」
独り言か、その男はぽつりと保健室の前で呟いた。
どうやら保健室に用があったのではなく、よくその場にいるであろう“誰か”に会う為に来たようだ。
仕方ない、という様な顔をして(とは言ってもその男の顔の大半は包帯で覆われており、表情を判断することは少々難しいが)男が踵を返した。
その時、低い声が響く。
「待て」
「……やぁ、久しぶりだね」
「良い度胸じゃねえか。この学園に、こうも堂々と姿を現すとは」
鋭い目線で男を睨みつける、この学園の最高学年の色を纏った少年。
「そんなに怖い顔をして、疲れないかい?」
軽口をたたく雑渡の姿に、潮江は更に不機嫌に顔を歪めた。
「保健室に……何の用だ」
「分かっているのに、聞くのかい?」
ぴくり、と潮江のこめかみが震える。
「うるせえ、何のことだ」
少年が低く唸ると、雑渡は楽しそうに目を細めた。
「まあ、今日のところはおいとまするとしよう」
「待て。そう言ったろう」
「年上に対して、その言い方は無いだろう」
言葉に反して、その表情は穏やかだ。
雑渡の心の内を読みとれない潮江は、苛々と面白くなさげに噛み付く。
「てめぇは俺が倒す……!」
威勢の良い目の前の少年。雑渡から、ふっと笑いが漏れる。
「伊作くん、かな?」
「っ……!?」
雑渡のその言葉に、かっ、と血の上った潮江は、一気に攻撃を仕掛けた。
しかし、その攻撃はするりとかわされた。伊達に相手はプロの忍者をやっているわけでは無いのだ。
「本当、分かりやすいね君は」
くすくす笑うその人には、まだまだ余裕がありそうで、それが更に潮江を苛つかせる。
「何が、言いたい?」
「それもまた、君は分かっているだろう?」
雑渡はまっすぐに見つめた。まるで見透かすような瞳で。

(ああ、苛つく)

もう一度、潮江が攻撃を仕掛けようとする体勢になったところで、
「あぁ、ちょっと待って」
掌を突出し、やんわりと静止の合図を送ると、雑渡は素早く潮江と距離を置いた。
「あんまり長居したくは無いんだ、あの子が居ない保健室に用は無いからね。退散するよ」

じゃあね、潮江文次郎くん。

そんな声が潮江の耳に届くころ、もう曲者の姿は学園内には無い。
「……っ待て!」
どんな言葉を発したところで、意味など無い。
潮江の声は、むなしく保健室前の廊下に響くだけだった。
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