ヤンキー君とメガネちゃん

□だから、一緒に入って
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最近、よく雨が降るなあ。
灰色の空を見つめながら、おれは傘をさして、紋白高校へ向かっていた。

激しい雨の音がする中、紋白高校へ近づいて行くと、ちらほらと傘をさしてこれから帰るのだろう連中を見かけた。
そのなかには傘を忘れたんだろう、鞄を頭上に掲げて走っている奴や諦めて雨宿りをしている奴もいた。
「姉ちゃん、大丈夫かな」
あの姉の事だ、天気予報を見ていないだろうし、だとすれば傘など持って行っていないのだろう。

ようやく紋白高校へ着いたおれは、近くに姉の姿は無いかときょろきょろ辺りを見渡す。
「あ」
居た。
見つけた瞬間、おれの足はそこに走って向かっていた。
「姉ちゃんっ」
「あれ、葉君。どうしたんですか」
「姉ちゃんたぶん傘持ってねぇと思ったから」
「ありがとうございます」
姉ちゃんはそう言って笑うと、おれの頭を撫でてくれた。
もう、おれの方が姉ちゃんよりいくらかも身長が高くて、撫でるのは難しいだろうに、昔と同じように。
さすがに少し恥ずかしい気もするけれど。姉ちゃんに気づかれないように、ほんのちょっと足を曲げているのは、結局おれだってそれを望んでいるという事だろう。

「じゃあ、おれ、家まで送るよ」
「はい」
「あっ」
「?」
姉ちゃんが、どうかしたのかとおれの顔を覗き込んでくる。
黙っているわけにもいかないので、突然叫んだわけを話す事にした。
「ごめん、姉ちゃん。傘、おれがさしてるやつしかない。だから、一緒に入って」
ごめん、ともう一度謝ったら、「なんで謝るんですか?」と返って来た。
「葉君、私の為に来てくれたじゃないですか。それだけで、嬉しいです」
おれだけだった傘の中に、姉ちゃんが入ってくる。
傘の外は、雨でほとんど何も見えないほどにかすれて、大袈裟だけれど、今、世界にはおれと姉ちゃんしか居ないように思えた。

「姉ちゃん、もっとこっち寄らないと濡れる」
「あっ、そうですね!」
なんの疑いも無く、おれの方に身体を寄せてきた姉ちゃん。
――ねえ、そんなの他のやつにもしてんの?
そんな事を考えたら、言い様の無いもやもやとした感情が襲ってきたから、なるべく考えないようにと、今の幸せな状況だけを見る様に努めた。

ひとつの傘のなかで、今、おれたちは二人しか居ない。
「雨、すごいですね」
「うん」
それから、姉ちゃんはまた少しおれの方に寄ってくるから、正直心臓が持たないんじゃないかってくらい鳴ってる。


ねえ、さっきの演技なんだ。
わざと、一本しか持ってこなかったんだよ。そうしたら姉ちゃんと一緒にいられるかな、って思った。
そう言ったら、姉ちゃん怒るかな?

「葉君、葉君が来てくれなかったら、今日私、びしょびしょになるところでした。ありがとうございます」
そう言って無邪気に笑う姉ちゃんに、可愛いと感じるのは当たり前。ああこのまま傘の中に居られたら幸せなのに。


おれは傘の中から空を見上げて、明日も雨だったら良いのに、と思った。
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