ヤンキー君とメガネちゃん

□俺がその名を呼ぶときは
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「足立」
「はい、何ですか?」
呼んだ俺の声に、くるりと振り向いて足立は笑顔を見せる。
「え……ぁ、いやなんでもねえ」
足立が首を傾けた。
そりゃそうだ。呼んでおいてなんでもない、なんて意味が分からない。


昨日。
葉が言った言葉が脳に刻まれた様に残っている。
『なんでおれは名前なのに姉ちゃんは足立、なんだよ』
まあ、名前で呼んだら殺すけど。そんな馴れ馴れしいこと許すかよ。
と、付け加えられたから、じゃあ何で聞いたんだよ。と思いながら。
「あ、足立は足立なんだよ!」と訳が分からない理由を述べてみた。
ずっと足立は“足立”だったんだ、今更名前で呼べるはずもない。
葉が俺の返事に「ふーん」と興味なさげに言った。
「それに、お前も足立、じゃおかしいから葉って呼んでるだけであって……」
言い訳の言葉は葉には興味がないらしい。
おれの言葉はもう葉には届いていなかった。


「呼べねえ、だろ」
今更だ。
ため息を吐く。ずっと足立だったのだ、今から、花……とか。
「品川君?」
「うぉわぁああ!?あああ足立ィ!?」
気が付けば、目の前一杯に足立の顔。
考え事に引きずりこまれて、目の前のことさえ見えていなかったようだ。
「どうしたんです?」
「別に!!」
「はぁ、ならいいですけど……」
足立の不可解そうな目。
いや、だって、花って呼ぼうと画策してた、とか本人に言えねえだろ。

でも。
このチャンス逃したら、次なんて……

ごく、と無意識に喉をならす。
言っちまえよ、俺。
「お、い」
「はい?」
ゆっくり唇を開き、言葉にしようと口を動かしてみる。
「はっ…………、あ、だち」
「はい」
「……っ!…………!」
「品川君?」
「なんでもねぇ……っ!!」
「?」
二度目の“なんでもねぇ”。流石の足立も怪訝な顔である。


ガクン、と項垂れる。
なんたって名前を呼ぼうと思っただけでこんなに気力がいるのだ。

きっと言えない。
足立が“足立”である限り、俺が足立を名前で呼べる事は無いのだろう。




俺がその名を呼ぶときは。

多分、つまりは、


(お前の名字が変わるとき)

何時か絶対呼んでやる!
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