保健室の死神

□誕生日は、君の、
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俺は今、激しく落ち込んでいる。
ここ最近ではおそらく一番と言って良いくらい落ち込んでいる。


今日は俺の誕生日だ。
いや、普段ならそんな事、まったくと言って良いほど気にしないのだけど。
いつもは当日になって、「藤くん誕生日おめでとう!」と声をかけられたりとか、手紙つきで大量にプレゼントが送られたりとか、そんな事で今日が自分の誕生日だと思い出す。

しかし、だ。今年は別だ。
俺は自分の誕生日を心待ちにしていた。何故かって決まっている。
『アシタバが祝ってくれるかもしれない』からだ。
俺が欲しいのは、知らない女子からの大量の「おめでとう」や、ましてや大量のプレゼントなんかじゃない。
アシタバひとりからの、お祝いが欲しい。何だって良い。ただ「祝って」欲しい。
もちろん、「プレゼントはね、僕だよ」とか、そんな事も妄想してみたりした。そこは仕方ないと思う。俺だって思春期の男子だ。

そして当日を迎えて、もちろん予想通り、うんざりするほど大量の言葉やプレゼントなんかは降ってきたけど。
終わってみて、放課後。俺はアシタバから、祝えてもらえていないのだ。
「……落ち込むだろ」
はーー、と長い溜め息。
「つーか、覚えてないとか、そういうショックな事は、あったり……すんのか?」
言っていて、更に気分が落ち込んでくる。

ついさっき、
「よお、お前誕生日なんだってな」
と美作がカラんできたが、お前に覚えてもらってても嬉しくもなんともねえ。
「うるせえ。俺は疲れてんだ。早く帰れ」
不機嫌を隠しもせずに言ったら、美作は憤慨しながら「これだからイケメンは!」とか言いながら、帰っていった。

あー、本気でアシタバ覚えてねえのかな?
これ以上虚しい期待を抱くのは立ち直れなくなりそうだから、もう帰ろうとしたその時。
「藤くん」
アシタバの声が後ろから聞こえて、反射的に振り向く。
「アシタバ……」
「あの、ね」
「な、何だよ」
「……誕生日、おめでとう」
にこっと可愛い笑顔を俺に向けて、アシタバは「言葉だけでごめんね」と頭をかいた。
「じゃっ、じゃあ、僕もう帰るね」
「アシタバ!」
歩き出す前に、アシタバの右手を掴む。俺より随分と小さなそいつが、びっくりした顔でこっちを向いた。
「一緒に、……帰ろうぜ」
「う、うん」
その返事を聞いた途端、俺の膝はがくんと折れて、口から深い息が吐き出された。
「は〜〜〜〜」
「えっ?え?藤くん?」
さっきからびっくりした顔のまま、慌てるアシタバの声が耳に入る。
今日、この声聞けねえかと思った。

困った声で俺の名前を呼んでいるアシタバを見上げる。
「……俺の誕生日忘れてんじゃねえかと思って、落ち込んでた。覚えててくれたって分かって、すげえ力抜けた」
「う、あ、ごめんね……?」
アシタバは相変わらず焦ったような顔のまま、小さな声で謝った。きょろきょろと目を泳がしながら、どうしようという言葉が顔に書かれているアシタバに、少し笑えた。
「いや、覚えてくれてただけで、嬉しいし。おめでとう、つってくれたから」
それだけで、十分だ。

「あのね……」
おそるおそる、アシタバが俺の顔を覗きこんでくる。
ちょ、顔近え……!
そんな事してると襲うぞ。
「僕、藤くんに何かプレゼント、あげようかって考えてたんだけど、何あげていいかわかんなくて。好みもあんまり知らなくって、ずっと考えて……それで、えっと」
わたわたと、言葉を探しながら、必死で説明をしようとしているのを見つめる。
「けどね、結局今日まで決まらなくて、ごめんね。あの、藤くんて何が欲しいのかな?」
思わずアシタバ、と言いそうになって、言葉を飲み込む。
本当に俺が欲しいもんなんて、アシタバしかねーんだけど。それ言ったらさすがにな、引かれるだろうな。
というか、本気で嬉しくて頬が緩んでくるのを必死で堪えているので、何か言うどころでは無い。
だってアシタバが、俺の為にどんなもの買おうか、ずっと考えてくれてたんだぜ。考えるだけで口角が上がるだろ。

ようやく緩む頬を抑え、
「何でも良いよ。アシタバから貰えるってだけで、嬉しいから」
とクソ真面目な答えを渡すと。
「えー……?」
アシタバが困った顔に不満げな表情を加えた。
「とりあえず、今日はもう帰ろうぜ」
立ち上がってその手をひくと、アシタバは戸惑いながら頷く。

歩き出して俺の後ろを追ってくるアシタバを横目で見ながら、今日はこれまでで最高の誕生日だと、確信した。
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