保健室の死神

□名前を呼べない
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俺よりもひとつ年上なのに、俺より全然小さくて、まるで小動物。
それでもって、心配性で優しいから。

愛しくて愛しくて、
おこがましいにも程があるけど、守りたい、って思って。


「兄さん」
今日も、その笑顔が俺を向くだけで嬉しくてしょうがなくなる。

「アシタバ」
兄さんを呼ぶ声……それが誰の声かすぐに分かった。
もう何度、そいつの兄さんを呼ぶ声を聞いた事か。それしか言えないのか、ってくらいにそいつは兄さんの名前を口に出すから。
「藤くん」
振り返って、そいつの名前を呼んだ兄さんに、藤は少し微笑んだ。
こいつがこんな顔をするのは、兄さんの前でだけだと、出会ってから割とすぐに気が付いた。どれほど兄さんが好きか、って事も。
まあ、かなり分かりやすいからなんだけど。
他のやつらには無愛想極まりないのに、兄さんの前でだけ、笑顔見せてりゃすぐ分かるって話だ。

「アシタバ、メシ食おうぜ」
藤が、兄さんの名前を呼ぶ、それが何故だか苛々する。
何時も何時も、名前を呼ぶたびに、俺は悔しいとも悲しいとも寂しいともつかない感情を抱いた。


“アシタバ”
俺が口に出したことの無い、その響き。

それが、あいつの口から聞こえるって、それだけで、何かを壊したくなってしまうようなそんな感情が俺の中には浮き上がる。

俺だって、口に出せたら。


「アシタ、……兄さんっ」
「ん?」
不意に出た俺の言葉に、兄さんは俺の方を振り向いた。
「あ、いえ。何でも無いです」
伸ばせなかった手を、握り締める。



大事で大事で、大事過ぎて。

名前で呼ぶことさえも、出来ません。

(ぁあ、俺は未だ、一歩を踏み出す事さえ出来ずに居る)
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