短編小説A

□『百鬼夜行』
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ドン、パラパラパラァ



大きな花火の音が響く。

辺りは夕闇に染まり、見回せば屋台の提灯が神社の参道に沿って幻想的に列を繋いでいる。

浴衣や涼しげな服装の多くの人がごったがえし、その熱気で息が詰まるほど。

(集客は見込めそうだね)

夏祭りは稼ぎ時だ。風紀の仕事も忙しくなる。迷惑を起こされて人手が減ると堪らないと、草壁には問題を起こしそうな奴等は片っ端から排除するように伝えた。

(仕事とはいえ何この人の多さ)
苛々する。あとは任せて少し休むとしよう…

「お疲れさまっス!雲雀さん」
「お疲れさまっス!」

道を歩く度に挨拶が返ってくる。

「ん」
ふぁぁ、欠伸を噛み殺しながら本堂の裏へ進む。


こんばんは、ご機嫌よう。
今晩は。

クスクス

ふふふ

(? あんな奴等、風紀に居たっけ? まぁ、僕には関係ないけど)

クルクル廻る風車。朱い鳥居が連なる。


祭りの夜は妖しげな気配。人成らざるモノが跋扈する。



ジャリジャリっと白砂を踏んで裏に回る。遠くにパァァン、と花火の音。
此処には祭りと言えど誰もこない。誰もいない、はずだった。





「…恭弥」





思いがけずその人物はいた。巨石に寄り掛かるように一人佇んで。

(沢田、綱吉)
僕は獲物を捕まえた気分で気持ちが昂った。
眠気なんて飛んだ。

濡れた浴衣姿に、頬をつたい滴り落ちる水滴。

(そそるね)
ゾクゾクする。

「何してるの、君」
身構えながら近づく。

この人物も今は草食動物の仮面を剥いでいる。触れれば切れそうな、凍えるような笑み。

「…カモられた。冷たい」

(ふぅん)
どうやら傍の池に落とされたらしい。
人間離れした美貌が、花火の朱に照らされて、益々際立つ。

ジャリっと白砂を踏み鳴らして近寄る。また一歩。
油断はしない。

「…よく『何事』もなかったね」
濡れて乱れた浴衣から覗く鎖骨、ほっそりとした脚。
ポタリ、落ちる雫。
欲を誘う。

「下賎が…そんなこと、させるわけない」

つり上がる唇の端、不意をついて近寄ってその手を掴むと、

「…恭…っ」

グイッと抱き寄せ、そのまま最初から激しく口付ける。

「━…んっ…はぁ」

(そうだろう、君は、至高の存在。だからこそ僕が手に入れる)
濡れた手が、僕のシャツを掴む。巨石に身を預けて、僕の接吻に身を捩る。

唇、合わせたまま薄く眼を開けると、仄朱く輝く瞳が僕を捕らえて甘く滲み

乱れた胸元


「逃がさないよ、今日は…君なんか、僕に捕まって堕ちてしまえばいい」

吐息すら、離さない

神だろうと鬼だろうと僕の手にひれ伏させてみせる。

「…ふ」

濡れた唇も肌も溺れるように貪ってただ、



酔いしれて



 

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